相続と遺産分割⑥
今回は、相続放棄についてお話したいと思います。
相続放棄とは、被相続人の法定相続人である者が、相続しない意思を家庭裁判所へ申述する手続です。
家庭裁判所へ申述することが必要ですので、例えば書面に「自分は相続を放棄する」と書いて実印を押したとしても、それだけでは相続放棄したことにはなりません。
遺産分割協議の中で、自分は遺産は受け取らないと記載し、他の相続人が取得する内容に同意する協議書を作成し、押印したとしても、それは単に「自分は遺産を何も受け取らない内容の遺産分割」に過ぎません。
相続放棄とは、初めから被相続人の相続人ではなかったことにする手続です。
「何も受け取らない遺産分割」と、「初めから相続人ではなかったことにする」相続放棄とは、何が違うのでしょうか。
例えば、被相続人が銀行から多額の借金をしていたとします。
相続は、プラスの財産だけでなく、マイナスの財産も引き継ぎます。
したがって、被相続人が持っていた不動産や預貯金を引き継ぐと同時に、被相続人が負っていた借金も引き継ぐことになります。
とすると、相続放棄をしていない場合、遺産を何も受け取らなかったとしても、銀行から、法定相続分に応じた借金の返済を求められることになります。その場合、支払いに応じざるを得ないのです。
しかし、相続放棄をした場合は、相続人ではなかったことになりますから、銀行から被相続人の借金の返済を求められても、支払いに応じる義務はありません。
一般的に、相続放棄は、相続するプラスの財産よりも、相続する負債の方が大きい場合に選択されることが多いものです。
マイナスの方が多いなら、相続しない方がマシというわけですね。
ただし、遺産の一部でも受け取ってしまうと、民法上は相続したものとみなされてしまいます。相続放棄を考えている場合は、遺産には手をつけてはならないということになります。
また、相続放棄は「初めから相続人ではなかったことになる」手続ですから、他の相続人の法定相続分などに影響を及ぼします。
例えば子が3人いて、本来3分の1ずつ相続する場合でも、1人が相続放棄すれば、残りの2人が2分の1ずつ相続することになります。
さらに、配偶者と子がいる場合、普通は配偶者と子が相続人であり、それ以外の者は相続人にはならないのですが、配偶者と子が相続放棄をした場合、被相続人の兄弟姉妹が相続人となることがあります。相続放棄をするような場合は、プラスの財産よりも借金の方が多い場合が普通ですから、ある日突然、亡くなった兄弟の借金の請求が来ることがあります。
その場合は、兄弟姉妹においても、相続放棄を検討する必要が出てきます。
相続放棄は自身の相続を知ってから3か月以内に行う必要があります。したがって、被相続人の借金の請求書などが来た場合は、早急に検討していただく必要があるかと思います。
なお、相続財産の範囲内で負債を弁済する、限定承認という手続もあります。相続する財産の範囲内で負債を弁済するのであれば、特に自分に負担はないし、債権者にも迷惑がかからないなら、限定承認の方がいいのではないかと思われるかもしれません。
しかし、手続自体が相続放棄に比べてはるかに複雑な上に、例えば弁済のために相続財産を売却した代金に税金がかかり、相続した財産の額を超えて税金の支払義務が発生する場合があるなど、制度的にはあまり使い勝手はよくありません。
したがって、実務上はあまり使われていないのが実情です。
以上、6回にわたり、相続と遺産分割の基本的なお話をさせていただきました。当事務所では相続や遺産分割についても数多く扱っております。具体的な事案について気になることがありましたら、当事務所までお気軽にご相談ください。